JOURNAL

VOL.6 金融街のファッションコードを変えた『ウォール街』

VOL.6 金融街のファッションコードを変えた『ウォール街』

©AJ Pics / Alamy 1987年10月19日にニューヨーク市場はブラックマンデーで大暴落していますが、その2ヶ月後の12月11日に公開された『ウォール街』は、違ったインパクトをアメリカの金融街にもたらしました。 公開後、バドやゲッコーのスタイルをマネする金融マンが、ウォール街に溢れかえったのです。 彼らは、白襟のシャツを誂え、肩の張ったダブルのスーツを身に纏っていました。もちろん、ジャケットの内側からはサスペンダーを覗かせています。 そうやって装った都市の若い専門職たちは、のちに「ヤッピー(Young Urban Professional)」と呼ばれるようになります。 映画の衣装は、その時代の空気を写し取るものですが、『ウォール街』は逆でした。映画の中の着こなしが金融街に広がり、時代を反映するスタイルを作り上げたのです。 ヤッピーの着こなしには、ルールがあります。まず、真っ先に挙げられるのがストライプスーツの着こなしでしょう。同じ縦縞であっても、点線状の細いピンストライプと、輪郭のぼやけたチョークストライプでは、意味合いがまるで異なります。ストライプのスーツは、その縞が太くなり、間隔が広くなるほど、ステータスが上がります。作中でゲッコーが大胆なチョークストライプのダブルを選んだのは、彼の野心と実績の証明なのです。 色にも掟があります。ネイビーは権威、チャコールは信頼。そして英国では「No brown in town」という言葉がある通り、ブラウンのスーツは御法度です。しかし、ゲッコーはこの掟も平然と破ってみせます。これは、彼が旧来の紳士階級の出身でないこと、つまり成り上がりのアウトサイダーであることを示しています。 白襟に色柄のボディを合わせたウィンチェスター・シャツは、襟だけ取り替えて洗えた時代の名残ですが、80年代には「シャツを誂えている」ことの印になりました。 ベルトループのないパンツ、ダブルカフとカフリンクス、袖の本切羽など、ゲッコーの装いはどれも既製品では手に入らないものばかりですが、それこそが「ヤッピーらしい」スタイルなのです。 スーツは形式の美学です。重要視すべき掟がそこにはあり、掟に従順であることでスタイルが出来上がります。ヤッピーのスタイルはアメリカ映画の中で度々反復されることによって、より強固なものになっていったのです。

VOL.6 金融街のファッションコードを変えた『ウォール街』

©AJ Pics / Alamy 1987年10月19日にニューヨーク市場はブラックマンデーで大暴落していますが、その2ヶ月後の12月11日に公開された『ウォール街』は、違ったインパクトをアメリカの金融街にもたらしました。 公開後、バドやゲッコーのスタイルをマネする金融マンが、ウォール街に溢れかえったのです。 彼らは、白襟のシャツを誂え、肩の張ったダブルのスーツを身に纏っていました。もちろん、ジャケットの内側からはサスペンダーを覗かせています。 そうやって装った都市の若い専門職たちは、のちに「ヤッピー(Young Urban Professional)」と呼ばれるようになります。 映画の衣装は、その時代の空気を写し取るものですが、『ウォール街』は逆でした。映画の中の着こなしが金融街に広がり、時代を反映するスタイルを作り上げたのです。 ヤッピーの着こなしには、ルールがあります。まず、真っ先に挙げられるのがストライプスーツの着こなしでしょう。同じ縦縞であっても、点線状の細いピンストライプと、輪郭のぼやけたチョークストライプでは、意味合いがまるで異なります。ストライプのスーツは、その縞が太くなり、間隔が広くなるほど、ステータスが上がります。作中でゲッコーが大胆なチョークストライプのダブルを選んだのは、彼の野心と実績の証明なのです。 色にも掟があります。ネイビーは権威、チャコールは信頼。そして英国では「No brown in town」という言葉がある通り、ブラウンのスーツは御法度です。しかし、ゲッコーはこの掟も平然と破ってみせます。これは、彼が旧来の紳士階級の出身でないこと、つまり成り上がりのアウトサイダーであることを示しています。 白襟に色柄のボディを合わせたウィンチェスター・シャツは、襟だけ取り替えて洗えた時代の名残ですが、80年代には「シャツを誂えている」ことの印になりました。 ベルトループのないパンツ、ダブルカフとカフリンクス、袖の本切羽など、ゲッコーの装いはどれも既製品では手に入らないものばかりですが、それこそが「ヤッピーらしい」スタイルなのです。 スーツは形式の美学です。重要視すべき掟がそこにはあり、掟に従順であることでスタイルが出来上がります。ヤッピーのスタイルはアメリカ映画の中で度々反復されることによって、より強固なものになっていったのです。

VOL.5 ショルダーが暴く出自と野心

VOL.5 ショルダーが暴く出自と野心

©Photo 12 / Alamy この映画において最も象徴的なのは、「欲は善である」という言葉。ゴードン・ゲッコーのキャラクターを端的に表したこのセリフは、「欲は導く。欲は物事を明確にし、道を開き、発展の精神を磨き上げる」と続きます。 その時の彼の衣装は、ネイビーのダブルブレストに白いダブルカフのシャツ、ドット柄のタイ、白いポケットチーフ。四つボタンの一つ掛け、ベントなし。教科書どおりの正統な着こなしではありますが、異様なまでに肩が張り出しています。 衣装を担当したフラッサーは、シャツの肩にまで薄いパッドを入れ、カフを広く、襟先を鋭くしたといいます。いうまでもなく、ゲッコーの身体をより大きく、より強く見せるためです。 また、別の場面では、ダブルのピンストライプのスーツにボーダーのシャツを合わせるという型破りな着こなしで、ゲッコーの傲慢さを描いています。 チャーリー・シーン演じるバド・フォックスのスーツは、よりわかりやすく、ステータスを示す舞台装置となっています。バドは元々、証券会社で一介のサラリーマンとして働いていました。 ある日、ゲッコーという成功者に出会い、葛藤しながらもゲッコーのインサイダー取引の手助けをすることになり、やがてかりそめの出世を手にすることになります。彼が富を得るのにしたがって、バドの装いもまたステップアップしていきます。 バドが最初に登場するシーンでは、体に合っていない灰色の吊るしのスーツ、ボタンダウンのシャツ、地味な色のネクタイ、力のないポケットチーフという、真面目でパッとしないスーツを身に纏っています。 しかし、ゲッコーの世界に入り込むようになると、バドのスタイルは変わっていきます。派手なサスペンダーを吊り、白襟のシャツを着るようになり、腕時計はカルティエになり、手首には金のブレスレットが光ります。 ゲッコーの模倣者になっていく過程が、台詞ではなく服で描かれるのです。しかもそれは、ただ高級な装いを纏うようになるという単純なものではありません。ゲッコーが独自のスタイルを確立しているのに対し、バドのスタイルはステレオタイプな「成金趣味」に留まるものと言っていいでしょう。 バドの体に馴染みきらない高級な仕立てのスーツは、エンディングで迎える彼の破滅を予言していたのです。

VOL.5 ショルダーが暴く出自と野心

©Photo 12 / Alamy この映画において最も象徴的なのは、「欲は善である」という言葉。ゴードン・ゲッコーのキャラクターを端的に表したこのセリフは、「欲は導く。欲は物事を明確にし、道を開き、発展の精神を磨き上げる」と続きます。 その時の彼の衣装は、ネイビーのダブルブレストに白いダブルカフのシャツ、ドット柄のタイ、白いポケットチーフ。四つボタンの一つ掛け、ベントなし。教科書どおりの正統な着こなしではありますが、異様なまでに肩が張り出しています。 衣装を担当したフラッサーは、シャツの肩にまで薄いパッドを入れ、カフを広く、襟先を鋭くしたといいます。いうまでもなく、ゲッコーの身体をより大きく、より強く見せるためです。 また、別の場面では、ダブルのピンストライプのスーツにボーダーのシャツを合わせるという型破りな着こなしで、ゲッコーの傲慢さを描いています。 チャーリー・シーン演じるバド・フォックスのスーツは、よりわかりやすく、ステータスを示す舞台装置となっています。バドは元々、証券会社で一介のサラリーマンとして働いていました。 ある日、ゲッコーという成功者に出会い、葛藤しながらもゲッコーのインサイダー取引の手助けをすることになり、やがてかりそめの出世を手にすることになります。彼が富を得るのにしたがって、バドの装いもまたステップアップしていきます。 バドが最初に登場するシーンでは、体に合っていない灰色の吊るしのスーツ、ボタンダウンのシャツ、地味な色のネクタイ、力のないポケットチーフという、真面目でパッとしないスーツを身に纏っています。 しかし、ゲッコーの世界に入り込むようになると、バドのスタイルは変わっていきます。派手なサスペンダーを吊り、白襟のシャツを着るようになり、腕時計はカルティエになり、手首には金のブレスレットが光ります。 ゲッコーの模倣者になっていく過程が、台詞ではなく服で描かれるのです。しかもそれは、ただ高級な装いを纏うようになるという単純なものではありません。ゲッコーが独自のスタイルを確立しているのに対し、バドのスタイルはステレオタイプな「成金趣味」に留まるものと言っていいでしょう。 バドの体に馴染みきらない高級な仕立てのスーツは、エンディングで迎える彼の破滅を予言していたのです。

VOL.4 1ダースのスーツ、2ダースのシャツ

VOL.4 1ダースのスーツ、2ダースのシャツ

©Photo 12 / Alamy 映画の衣装は、観客に登場人物のキャラクターやバックグラウンドを伝えることができます。 それも、簡潔かつ鮮烈に。例えば、のちに金融街のドレスコードを一変させた映画『ウォール街』に出てくるビジネスマンのスーツスタイルは、彼らの出自や階級を饒舌に物語っています。 本作の要となるのは、2人の登場人物。生き馬の目を抜く金融業界に君臨する帝王ゴードン・ゲッコーと、そんなゲッコーに出会ったことをきっかけに虚栄の世界に憧れるウォール街の若手証券マン、バド・フォックス。 成功のためには手段を選ばないゲッコーをマイケル・ダグラスが、出世の甘い誘惑に導かれるバドをチャーリー・シーンが、それぞれ演じています。 ゴードン・ゲッコーの衣装を演出したのは、実際の金融街の大物たちを何人も顧客に持つ人物であり、メンズファッションの古典的名著『Dressing the Man』の著者としても知られる、ニューヨークの服飾家アラン・フラッサーです。 マイケル・ダグラスが後年「衣装がゲッコーという役柄をつかむ鍵になった」と語るほど、フラッサーの演出は際立っています。 元々、マイケル・ダグラスはラフな格好を好むカリフォルニアの若者でしたが、フラッサーはそんな彼に、自身の経営する店で12着のスーツ、24枚のシャツ、シルクのネクタイを誂えました。 スーツの縫製はニューヨークの名門テーラー、マーティン・グリーンフィールドが担当し、シャツは最高級のカスタムシャツや紳士服を手掛けるアレクサンダー・カバズが制作。 ゲッコーの衣装には映画全体の衣装予算のうち20%があてられたと言われており、撮影後にマイケル・ダグラスがその衣装をすべて買い取ったという逸話も残っています。 ゲッコーの着こなしの中でも象徴的なのが、サスペンダーでしょう。ジャケットを脱いでいるシーンはもちろんのこと、上着の内側からも存在感を発揮するサスペンダーは、ゲッコーのスタイルには外せない重要なピースです。 しかしながら、この演出は必要から生まれたものだったといいます。実は、マイケル・ダグラスはウエストが細いあまり、サスペンダーなしではパンツが落ちてしまったのです。 緻密な設計のもとに組み上げられたゲッコーのスタイリングですが、この一点だけは、フラッサーの計算が狂った部分なのかもしれません。

VOL.4 1ダースのスーツ、2ダースのシャツ

©Photo 12 / Alamy 映画の衣装は、観客に登場人物のキャラクターやバックグラウンドを伝えることができます。 それも、簡潔かつ鮮烈に。例えば、のちに金融街のドレスコードを一変させた映画『ウォール街』に出てくるビジネスマンのスーツスタイルは、彼らの出自や階級を饒舌に物語っています。 本作の要となるのは、2人の登場人物。生き馬の目を抜く金融業界に君臨する帝王ゴードン・ゲッコーと、そんなゲッコーに出会ったことをきっかけに虚栄の世界に憧れるウォール街の若手証券マン、バド・フォックス。 成功のためには手段を選ばないゲッコーをマイケル・ダグラスが、出世の甘い誘惑に導かれるバドをチャーリー・シーンが、それぞれ演じています。 ゴードン・ゲッコーの衣装を演出したのは、実際の金融街の大物たちを何人も顧客に持つ人物であり、メンズファッションの古典的名著『Dressing the Man』の著者としても知られる、ニューヨークの服飾家アラン・フラッサーです。 マイケル・ダグラスが後年「衣装がゲッコーという役柄をつかむ鍵になった」と語るほど、フラッサーの演出は際立っています。 元々、マイケル・ダグラスはラフな格好を好むカリフォルニアの若者でしたが、フラッサーはそんな彼に、自身の経営する店で12着のスーツ、24枚のシャツ、シルクのネクタイを誂えました。 スーツの縫製はニューヨークの名門テーラー、マーティン・グリーンフィールドが担当し、シャツは最高級のカスタムシャツや紳士服を手掛けるアレクサンダー・カバズが制作。 ゲッコーの衣装には映画全体の衣装予算のうち20%があてられたと言われており、撮影後にマイケル・ダグラスがその衣装をすべて買い取ったという逸話も残っています。 ゲッコーの着こなしの中でも象徴的なのが、サスペンダーでしょう。ジャケットを脱いでいるシーンはもちろんのこと、上着の内側からも存在感を発揮するサスペンダーは、ゲッコーのスタイルには外せない重要なピースです。 しかしながら、この演出は必要から生まれたものだったといいます。実は、マイケル・ダグラスはウエストが細いあまり、サスペンダーなしではパンツが落ちてしまったのです。 緻密な設計のもとに組み上げられたゲッコーのスタイリングですが、この一点だけは、フラッサーの計算が狂った部分なのかもしれません。

VOL.3 キャンパスのBest Dressed Men

Best Dressed Men on Campus

To understand New England culture, one must consider its relationship with university campuses. The style of dress worn by students at prestigious universities like Princeton, Yale, and Harvard in the...

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VOL.2 Your clothing should look like you, not us.

Your clothing should look like you, not us.

The suits created by the Griecco brothers, with their reliable technique, broke away from the British tailoring that had been the mainstream until then, leading to the completion of the...

Your clothing should look like you, not us.

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VOL.1 「Made in New England」の源流

The origins of "Made in New England"

New England is a sacred place where American tailoring culture was born and continues to influence the world. The history of the textile industry, which began with the Industrial Revolution,...

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